障碍を持って生まれてきたマイちゃんとのこれまで

COLUMN

天使の足跡
マイちゃんとともに…

小学時代 5
アヤちゃんが2歳になりました。マイちゃんは、小学部5年生になっていました。相変わらず言葉は出ていませんでしたが、私は、マイちゃんとアヤちゃんの会話を見習って、今、何を言おうとしているのか彼女の気持ちになって聞く努力をしていたので、この頃にはマイちゃんの言いたいことはある程度解ってきました。
 アヤちゃんは、マイちゃんの忘れてきた分まで言葉を持って生まれてきたのではないかと思うほど、ペラペラとよくしゃべりました。私たち夫婦は、そんなに背も大きくなく大柄な体格でもないのですが、彼女は同年齢のお子さんよりは体格的にも大きく、いつも年齢を聞かれると驚かれて、1〜2歳上に見られていました。出来ることも基準月齢よりはるかに進んでいました。同じ親から生まれた姉妹なのに、本当に両極端の成長ぶりでした。
 そんな彼女には、家では話す相手が私だけで物足らないようでしたので、マイちゃんを送り出した後は、児童館や公園、幼児の遊具のある広場など、あちらこちらへ連れて行きました。そこで、何人かのお友達も出来ました。
 その内の一人のお母さんが、最近は2歳ころから幼児学習を始める人が多いということを教えてくれました。私は、アヤちゃんを妊娠するまでは教師でしたが、高校でしたので、幼児教育は専門外でそちらの方にはあまり詳しくはありませんでした。そして、そのお母さんが、音響教育は心の情操にも大変良いというので、一緒に「ヤ○ハ音楽教室」に通わせることにしました。
 私が仕事をしているために0歳児から保育所に行かされていたマイちゃんと違って、いつもママと一緒だったアヤちゃんは、初めてのレッスンでは、「ママ…ママ…」と私にくっつき回っていましたが、何度か通ううちに楽しくなってきたのか、自ら進んで行くと言い出していました。
 夫やマイちゃんが出掛けた後はいつも私と二人だけで、お友達といっても公園で会えば一緒に遊ぶといったような関係でしたから、多勢のお友達と一緒に受けるレッスンは、彼女にとってとても楽しかったようです。
 その様子を見ていて、成長の早いアヤちゃんには、そろそろ多勢の中で過ごせる環境を探してあげた方が良いのではないかと思いました。しかし、その時私は仕事をしていないので、マイちゃんのように保育所に預けることは出来ません。どうしたらよいかと考えている頃、その事件は起きました。
 
 ある初秋の日曜日に、夫も一緒に家族で公園に行ったときのことです。日曜日の昼下がりの公園には、たくさんの家族連れが来ていました。その中には、平日にアヤちゃんと来たときに何度も会って話したこともある親子連れも数組いました。
 マイちゃんはブランコに乗ると言い、私がマイちゃんに付いているので、しばらくブランコに乗った後アヤちゃんは夫と共に、何度か遊んだことのあるお友達のところへ行きました。お砂場遊びをしたり追いかけっこをしたりして、楽しそうに遊んでいたのですが、しばらくして、彼女より2歳ほど年上の男の子と話していたアヤちゃんが、突然その男の子を叩いたのです。当然のごとく男の子は大声で泣きました。夫も驚いて男の子に謝っています。少し離れたところで、マイちゃんをブランコに乗せていた私は、慌ててその場に駆けつけました。叩かれた子の親も驚いて駆け寄り、大騒動になりました。
 とりあえず謝らそうとしたのですが、アヤちゃんは「私は悪くない!!」と言って謝りません。男の子の親は、それではもちろん納得いかないという様子で、仁王立ちしています。何とかアヤちゃんに謝らそうとしますが、彼女は頑として聞きません。それで、なぜ叩いたのかと問うと、「○○ちゃんが『マイちゃんは変や。頭がおかしい。』って言うから。」と言うのです。えっ!?っという感じです。そして、アヤちゃんは続けて、「○○ちゃんは、○○ちゃんのお母さんもマイちゃんのことを『あんなに大きいのに話せないし、時々変な声出すから、あの子は頭がおかしい子だから、何されるか分からないから近寄っちゃダメ!』って言ってたって言った。」と言うのです。
 それまでの空気が一転しました。その男の子の親は、しどろもどろになって「いやぁねぇ。そんなこと私は言ってないわよ。」と言いましたが、横で男の子は「ママ、この前言ってたやん。あの子には近寄ったらダメ!って。」と泣きながら叫びました。子供は正直です。
 そのお母さんとは、何度も公園でご一緒になり、マイちゃんが障碍を持っていることも話していたのです。でも、自分の子供に“近寄ってはダメ!” と言い聞かせていたと言うことを知ってショックでした。そのお母さんが言っていたということではなく、世間一般の障碍児・者への偏見の目がそれほどに大きいことがショックでした。
 そのお母さんは、バツが悪くなったのか、そそくさと帰ろうとしました。
 それでもアヤちゃんが叩いたことは、悪いことです。どんな理由があっても許されません。私は嫌がるアヤちゃんの頭を押さえつけ、帰ろうとするその親子の後姿に「ごめんなさい。」をさせました。そして、「私は、悪いことはしてない。マイちゃんは天使さんで変な子じゃないのに…。」と泣き続けるアヤちゃんに、「マイちゃんのように障碍を持った子のことをよく知らない人は、いろいろなことを言うのよ。だから、これからもアヤちゃんは同じようなこと言われるかも知れないわ。でも、だからって相手を叩いたり暴力を振るってはダメよ。アヤちゃんがマイちゃんのことをよ〜く知ってるんだから、それをその子に教えてあげればいいのよ。」と諭しました。少し納得がいかないながらも「ウン。」と返事したアヤちゃんを、私はぎゅっと抱きしめました。
 
 その騒動の最中、私と入れ替わりにマイちゃんの側に行った夫に経過を話すために、ブランコにいるマイちゃんと夫のもとへ私たちが戻ったとき、アヤちゃんはそっとマイちゃんの手をとって二人で手をつないで家へと歩き始めました。
 障碍児の姉妹兄弟には、その障碍児だけでなく、世間の冷たい風が容赦なく吹き付けるということを身をもって体験し、偏見の目の冷たさを痛感した私は、手をつないで歩く二人の後姿に涙が溢れました。
 
 マイちゃんは、何も悪いことをしていません。時折奇声を発したりしますが、人を傷つけたりしません。でも、『普通じゃない』ことがそんなに悪いことなのでしょうか?
 そして、アヤちゃんはその妹というだけです。でも、今日の男の子の言葉は、アヤちゃんをどれほど傷つけたことでしょう。
 彼女のこれからを考えると、彼女にそろそろ多勢の中での環境を、と考えていた私は、とても不安になりました。
 
更新日時:
2006.03.16 Thu.

小学時代 6
 そんな事件があった後、私は夫とアヤちゃんの今後の環境について話し合いました。多勢の中での環境を考えていたのですが、障碍児・者への理解が低い日本の集団の中へ彼女を入れることが、とても怖くなってしまったのです。
 夫は、「それでも一生家の中においてる訳にはいかないし、いずれその時期は遅かれ早かれ来るだろう。その時やはり今と同じ悩みはあるのじゃないかな。今すぐに世間の偏見がなくなることはあり得ないのだから。」と言いました。そして、「アメリカやヨーロッパでは、ずいぶん以前から障碍者に対しては一般の人の理解も進んでいるけれど、日本は島国という地域性もあって、昔から『同じ』ではない人を阻害してきた歴史があるからね。」と言いました。
 ハッとしました。「日本がダメなら外国の環境って手があったんだ。」と思いました。幸い、私たちが住んでいるのは、外国人の多い都市で、インターナショナル・スクールも何校かありました。
 
 早速、次の日パソコンであちこちのINSの情報を集め、その内の2歳でも通えるプリスクールに電話しました。
 英語があまり得意でない私は、辞書を片手に何とかお話を聞いていただきたい旨を伝えました。すると、直接会ってお話を聞いていただけることになり、それからしばらくした約束の日に、私はアヤちゃんを連れて、その学校に行きました。
 道すがら、マイちゃんの小学校をどこにするかで何校かにお話を聞きに伺ったときのことを思い出しました。「あの時と同じだわ。」と、地域の学校にすんなり入学させられず、2度とも子供の学校を探し回る自分に可笑しくなってきました。“なぜかこういう巡り合わせになっているんだなぁ。”と思いながら、そのINSのプリスクールの門をくぐりました。
 出てこられた園長先生は、英語ほどではないですが、日本語も話せるとのことで、少しホッとしました。
 そして、マイちゃんのこと、何故INSにアヤちゃんを入れたいと思ったかを話しました。すると、園長先生は、ご自分が住まれていたアメリカでの障碍者に対しての学校の状況を話してくださいました。この園長先生は長い間、アメリカの小学校で教鞭を執られていたそうです。
 アメリカでは、障碍児も一般の子供と同じ学校、教室で学ぶことが常だそうです。州によっては、幾分の差はあるものの、大半の学校が障碍児専門の教師を各クラスに加配し、補助しなくてはいけないところは援助しながら、一般の生徒と同じように学校生活を行っていくそうです。そして、その中で子供たちは、自分と違う様々な人がいるのが社会なんだと学んでいきます。自分より弱い立場の人には、自分の出来ることで補っていくということを学ぶのだそうです。障碍児に関わらず、多くの人種の住むアメリカでは、人と違って当たり前という観念が植えつけやすいのも理由の一つだともおっしゃっていました。
 「人と違うということに拒否反応を示す日本の慣習は、善しにつけ悪しきにつけ『同じ』でないといけないという観念を与えてしまいますね。」とも言われました。
 ただ、アメリカには日本にない悪いところも未だに残っています。人種差別です。島国の日本では、国内での人種の問題など皆無に等しいですが、様々な人が集まって出来た移民の国のアメリカでは、古来奴隷として使われてきた黒人の人に対しては、未だに明確な人種差別が問題となっています。
 障碍者に理解があるのは、障碍者が弱い立場の人で、黒人の人を差別するの黒人の人自体は弱い立場の人ではないからだそうです。つまり、昔は黒人を奴隷として使用していた身分の白人が、いつ逆転の立場に追いやられるか分からない、それは白人としてのプライドが許さない、だから黒人を排他しようとする意識がなくならないのだと教えて下さいました。
 そして、「早く世界中のどの国でも、障碍者や人種に対する差別がなくなって欲しいものですね。」とおっしゃいました。
 アヤちゃんについては、まだ2歳なので、今は英語が話せなくても心配要らないとおっしゃいました。この頃から英語を話す環境にいれば、自然と覚えていくそうです。マイちゃんの障碍のことも充分理解していただいて、アヤちゃんを入学させることを了解していただきました。
 INSは9月が始業のため、既に今学年は始まっていました。それで、一日も早くクラスに慣れるために出来るだけ早く通学した方が良いと言われて、翌週から通い始めることになりました。
 
 その夜、夫にそのことを伝えました。私は、夫が了解してくれるかどうか少々不安でした。マイちゃんの学校を決めるときに、「地域の学校でいいじゃないか」と言っていた夫の言葉が頭をよぎったからです。夫は、障碍児ではないアヤちゃんは、おそらく普通にその年齢になれば日本の幼稚園、小学校と順に進学して行くだろうと思っていたはずです。マイちゃんのときは養護学校を選び、アヤちゃんはINSに入学させたいなんて、どんな反応が返ってくるか心配でした。
 でも、意外にも夫は賛成してくれました。彼もあの公園での一件を見ていて、アヤちゃんの進学について考えていたのだそうです。そして、「マイちゃんの学校を養護学校にすることで話し合ったときに、君から言われて自分がどんなに世間を気にしているのかに気付いた。今は、マイちゃんの成長や学校での様子も見ていて、養護学校を選んで良かったと心から思っている。アヤちゃんにしても、マイちゃんのことで彼女が悩む時期はいずれくるだろうけど、出来るだけ彼女が苦しまず、公平な判断の出来る子になって欲しいと思っている。それには、僕も日本の学校では無理なような気がするよ。まぁ、マイちゃんのときにも周りがどんなに反対しても自分の目を信じて学校を選んだ君だし、今では僕もその選択が正しかったと思う。だから今回も君が選んだのなら何も言うことはないよ。」と言ってくれました。
 嬉しかったです。アヤちゃんをINSに入学させていいと言われたことも、もちろんそうですが、夫が世間を気にしていた自分を省みて、マイちゃんを養護学校に入学させたことを今ではこんなに理解してくれていることがとても嬉しかったのです。
 やはりマイちゃんは天使です。周囲の人間に自分を省みる機会を与え、親として、人間として、こんなにも成長させてくれているのです。
 
 翌週から、アヤちゃんのINSでの新しい生活が始まることになりました。今まで、ママとずっと一緒だった彼女が、新しい先生やお友達、そして英語という環境の中で、上手くなじんでいってくれるのか、期待と不安で私の方が緊張していました。
 
更新日時:
2006.03.16 Thu.

小学時代 7 (妹の入園)
私が、アヤちゃんの集団生活の場にINSを選んだのは、何よりマイちゃんのことで周りからの余計な声を彼女に聞かせたくなかったからです。子供は正直です。大人のように本音と建前を上手く使い分けることはできません。『変な子』と思ったらそう言います。そして、もっと残酷なのは、大きくなるにしたがってそれをネタにからかい始めることです。
 子供は初めはみな天使です。けれど、大きくなるのと引き換えに一枚ずつ天使の羽を抜いていくのだと思います。人を傷つけることを覚えた後は、集団と言う鎧をまといながら、容赦なく相手の傷口を広げていきます。そうしながら、一枚ずつ天使の羽を自分で抜いているということにも気付かずに…。そして、全ての羽が抜け落ちたとき、子供は醜い大人へと成長しているのです。
 けれど、大人になっても心優しい、純粋な人もいます。彼らはきっと、大人になった今でも、天使の羽を全て失わなかった人だと思うのです。
 どうすれば、子供が天使の羽を全て失わずに大人になっていけるのでしょうか。
 それは、子供が人を傷つけることを覚えたとき、誰かが正しい道を教えてやることができ、子供たちがその教えを理解して美しい心を持ち続けることが出来れば、彼らの全ての羽は抜け落ちることがないのだろうと思います。大人になっても、心優しく純粋な人のように。
 では、誰が教えるのでしょうか。それは、もちろん親であり教師であるべきなのです。しかし、一般の常識についてはともかくも、こと障碍者に関しては、彼らはあまりにも無知です。そして、それを知ろうともしない。だから子供に教えることなんてできません。
 私は、自分が教師をしていたときを振り返ってみても、教員研修でも障碍児の周りの子供たちへの指導法など習ったことがありません。障碍児自体の指導の仕方などは一応ありましたが、その研修も選択制であったりわずかな時間のもので、養護学校の先生が必修になっているくらいのものでした。
 現在では、文部科学省が『特別支援教育』を推進する中で、教員の資質向上を目指し、障碍児教育の免許を持つ教員を増大すべく努力されていますが、
 (※ 詳しくは、informationの文部科学省HPをご覧下さい)
未だに障碍児教育の免許を持つ教員が、養護学校ですら半数もいないという現実からも、その周りの児童・生徒への指導法など知らない教師がどれほどいるか、想像に足りると思います。
 教師がそうなのですから、まして自分の周りに障碍を持つ人がいない環境の親は尚更です。一般人道的な差別をしてはいけないということを分かってはいても、正しい知識を持ち得ないために、どうしても偏見の目を捨てることが出来ないのです。だからこそ、あの公園での事件のようなことが起こるのです。
 
 もちろん、そんなこと百も承知で、障碍児の兄弟姉妹を普通校に通わせ、そこから障碍者に対する理解の啓発を努力されている方もいらっしゃいます。
 本来は、私もそうすべきなのかも知れません。そういう意味では、私もエゴイストなのかもしれません。でも、あの公園の事件以来、私はアヤちゃんを再び悲しい気持ちにさせることの多いであろう日本の幼稚園や小学校に入学させることはできませんでした。
 
 さて、アヤちゃんは、園長先生と面接をした翌週から、予定通りそのINSの幼稚園に入園しました。
 初日は予想したとおり、私の足にしがみつき大泣きでの登園でした。私も、後ろ髪を引かれる思いで、園の門を飛び出しました。でもお迎えの時間まで、彼女のことが気になって仕方なく、家に帰ることもせず、見つからないように園舎の中の様子をこっそり伺っていました。しばらくは泣き続けていたアヤちゃんも、やがては先生に手を引かれてお友達のところへ行き、先生が彼女をみんなに紹介してくれて、輪の中に用意された彼女の椅子へ座りました。輪の中には、様々な国の子供たちがいました。英語圏の国の子供もいれば、英語圏以外の国の子供もいました。日本人の子供も数人いました。後に聞くと、その数人の日本人の子供は、帰国子女であったり、早くからこの園に来ていて、既に日常会話くらいは話せる子供たちばかりでした。おそらくこのときの彼女は、初めての英語の嵐に何を言っているかも分からず、ママもいないところでとても心細かったと思います。
 けれど、お歌の時間になると、家でも聞いていた音楽が掛かったりするので、歌詞は日本語でなくてもその歌にあわせた踊りなどで、お友達と一緒に踊っていました。“If you're happy and you know it, clap your hands! (幸せなら手をたたきましょう)” や “under the spreading chestnut tree (大きな栗の木の下で)” “The London bridge is falling down (ロンドン橋が落ちる)” の曲では、彼女も楽しそうに踊っていました。その様子に、私も少し安心しました。
 食事の時間もお友達と一緒に並んで、ランチを楽しんでいました。
 子供ってたくましいなぁ、とつくづく感心しました。肌の色が違っても、言葉が伝わらなくても、心で通じ合ってるみたいです。
 ふと、マイちゃんとアヤちゃんとの会話を思い出しました。言葉が出ないマイちゃんとも、ごく自然に会話をしているアヤちゃんに、『心の会話』を教えられた私ですが、彼女はここでもその心の会話でお友達との壁を取り払っているようでした。
 
 ようやくお迎えの時間が来ました。遠くから見ていると、その頃には笑顔を絶やしていなかったアヤちゃんが、私の姿を見つけた途端、アァーン、と大粒の涙をこぼして抱きついてきました。
 初めての幼稚園に初めての英語で、本当によく頑張ったね、と私は彼女をぎゅっと抱きしめました。
 
更新日時:
2006.03.19 Sun.

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Last updated: 2006/4/18

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