そんな事件があった後、私は夫とアヤちゃんの今後の環境について話し合いました。多勢の中での環境を考えていたのですが、障碍児・者への理解が低い日本の集団の中へ彼女を入れることが、とても怖くなってしまったのです。
夫は、「それでも一生家の中においてる訳にはいかないし、いずれその時期は遅かれ早かれ来るだろう。その時やはり今と同じ悩みはあるのじゃないかな。今すぐに世間の偏見がなくなることはあり得ないのだから。」と言いました。そして、「アメリカやヨーロッパでは、ずいぶん以前から障碍者に対しては一般の人の理解も進んでいるけれど、日本は島国という地域性もあって、昔から『同じ』ではない人を阻害してきた歴史があるからね。」と言いました。
ハッとしました。「日本がダメなら外国の環境って手があったんだ。」と思いました。幸い、私たちが住んでいるのは、外国人の多い都市で、インターナショナル・スクールも何校かありました。
早速、次の日パソコンであちこちのINSの情報を集め、その内の2歳でも通えるプリスクールに電話しました。
英語があまり得意でない私は、辞書を片手に何とかお話を聞いていただきたい旨を伝えました。すると、直接会ってお話を聞いていただけることになり、それからしばらくした約束の日に、私はアヤちゃんを連れて、その学校に行きました。
道すがら、マイちゃんの小学校をどこにするかで何校かにお話を聞きに伺ったときのことを思い出しました。「あの時と同じだわ。」と、地域の学校にすんなり入学させられず、2度とも子供の学校を探し回る自分に可笑しくなってきました。“なぜかこういう巡り合わせになっているんだなぁ。”と思いながら、そのINSのプリスクールの門をくぐりました。
出てこられた園長先生は、英語ほどではないですが、日本語も話せるとのことで、少しホッとしました。
そして、マイちゃんのこと、何故INSにアヤちゃんを入れたいと思ったかを話しました。すると、園長先生は、ご自分が住まれていたアメリカでの障碍者に対しての学校の状況を話してくださいました。この園長先生は長い間、アメリカの小学校で教鞭を執られていたそうです。
アメリカでは、障碍児も一般の子供と同じ学校、教室で学ぶことが常だそうです。州によっては、幾分の差はあるものの、大半の学校が障碍児専門の教師を各クラスに加配し、補助しなくてはいけないところは援助しながら、一般の生徒と同じように学校生活を行っていくそうです。そして、その中で子供たちは、自分と違う様々な人がいるのが社会なんだと学んでいきます。自分より弱い立場の人には、自分の出来ることで補っていくということを学ぶのだそうです。障碍児に関わらず、多くの人種の住むアメリカでは、人と違って当たり前という観念が植えつけやすいのも理由の一つだともおっしゃっていました。
「人と違うということに拒否反応を示す日本の慣習は、善しにつけ悪しきにつけ『同じ』でないといけないという観念を与えてしまいますね。」とも言われました。
ただ、アメリカには日本にない悪いところも未だに残っています。人種差別です。島国の日本では、国内での人種の問題など皆無に等しいですが、様々な人が集まって出来た移民の国のアメリカでは、古来奴隷として使われてきた黒人の人に対しては、未だに明確な人種差別が問題となっています。
障碍者に理解があるのは、障碍者が弱い立場の人で、黒人の人を差別するの黒人の人自体は弱い立場の人ではないからだそうです。つまり、昔は黒人を奴隷として使用していた身分の白人が、いつ逆転の立場に追いやられるか分からない、それは白人としてのプライドが許さない、だから黒人を排他しようとする意識がなくならないのだと教えて下さいました。
そして、「早く世界中のどの国でも、障碍者や人種に対する差別がなくなって欲しいものですね。」とおっしゃいました。
アヤちゃんについては、まだ2歳なので、今は英語が話せなくても心配要らないとおっしゃいました。この頃から英語を話す環境にいれば、自然と覚えていくそうです。マイちゃんの障碍のことも充分理解していただいて、アヤちゃんを入学させることを了解していただきました。
INSは9月が始業のため、既に今学年は始まっていました。それで、一日も早くクラスに慣れるために出来るだけ早く通学した方が良いと言われて、翌週から通い始めることになりました。
その夜、夫にそのことを伝えました。私は、夫が了解してくれるかどうか少々不安でした。マイちゃんの学校を決めるときに、「地域の学校でいいじゃないか」と言っていた夫の言葉が頭をよぎったからです。夫は、障碍児ではないアヤちゃんは、おそらく普通にその年齢になれば日本の幼稚園、小学校と順に進学して行くだろうと思っていたはずです。マイちゃんのときは養護学校を選び、アヤちゃんはINSに入学させたいなんて、どんな反応が返ってくるか心配でした。
でも、意外にも夫は賛成してくれました。彼もあの公園での一件を見ていて、アヤちゃんの進学について考えていたのだそうです。そして、「マイちゃんの学校を養護学校にすることで話し合ったときに、君から言われて自分がどんなに世間を気にしているのかに気付いた。今は、マイちゃんの成長や学校での様子も見ていて、養護学校を選んで良かったと心から思っている。アヤちゃんにしても、マイちゃんのことで彼女が悩む時期はいずれくるだろうけど、出来るだけ彼女が苦しまず、公平な判断の出来る子になって欲しいと思っている。それには、僕も日本の学校では無理なような気がするよ。まぁ、マイちゃんのときにも周りがどんなに反対しても自分の目を信じて学校を選んだ君だし、今では僕もその選択が正しかったと思う。だから今回も君が選んだのなら何も言うことはないよ。」と言ってくれました。
嬉しかったです。アヤちゃんをINSに入学させていいと言われたことも、もちろんそうですが、夫が世間を気にしていた自分を省みて、マイちゃんを養護学校に入学させたことを今ではこんなに理解してくれていることがとても嬉しかったのです。
やはりマイちゃんは天使です。周囲の人間に自分を省みる機会を与え、親として、人間として、こんなにも成長させてくれているのです。
翌週から、アヤちゃんのINSでの新しい生活が始まることになりました。今まで、ママとずっと一緒だった彼女が、新しい先生やお友達、そして英語という環境の中で、上手くなじんでいってくれるのか、期待と不安で私の方が緊張していました。
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